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万願寺とうがらしと四角豆

例年、9月末に夏野菜が終わって、9月に撒いた小松菜や青梗菜が出来始めるまで、多少ブランクがあったが、今年はそれがない。万願寺唐辛子と四角豆のおかげだ。
もう10月もお終いというのに、万願寺唐辛子も四角豆も勢いは衰えたものの、まだ途切れることなくなっている。

こちら万願寺唐辛子。
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唐辛子の足元には、島かぼちゃもごろごろしている。
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こちら四角豆
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家の万願寺唐辛子は勢いがいい。
どこの家のものよりよくできている。
特別な手入れをしているわけではないけれど、とにかくまめに収穫している。
他所の畑では、バンバン成る万願寺唐がらしを持て余して、収穫しないため、真っ赤になった実がブラブラ下がり、木も小さいまま育っていない。万願寺唐辛子は、相当放っておかないと赤くならないのに。

我が家の万願寺唐辛子は、私の背たけくらいに育って、元気に実をつけている。
食べきれないけれど、誰に上げても喜ばれるから、持て余さない。
ししとうなんかよりおいしいと思う。
だから今年はししとうは作らなかった。
来年はピーマンも止めてしまおうと思っている。

四角豆は優れものなのに、このあたりの畑では誰も作っていない。
個性のない味で、なんにでも合うから、野菜としての使い勝手も悪くない。
重宝な野菜だと思うのに。

四角豆、万願寺唐辛子が頑張っている間に、青梗菜、ターサイ、小松菜ができ始めて、畑を一周するとこんなに取れる。
さて、どうやって食べようか。
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真夜中のムカデ

夜中に目が覚めたら、こななが、部屋の隅でゴソゴソしていた。
何だろうと電気をつけてみたら、こなながちょっかいを出しているのは、10cm以上ある大きなムカデだった。
少し危ないかなと思ったけれど、階下に雑巾などを取りに行くのも面倒だったので、トイレットペーパーでムカデをつまんだら、ペーパーからはみ出したムカデが、小指に絡みついた。

ひょえー。

泡をくって、手を振って、噛まれる前にムカデを落としたところまではよかったけれど、ムカデは素早くどこかに潜り込んで見えなくなった。
布団の下かと思い、おっかなびっくり、掛け布団と敷布団、まくらを調べたけれど、どこにもムカデの姿はなかった。
どこに行ってしまったんだろう。部屋の隅々まで探したけれど、見つからない。

布団を敷きなおしたものの、さすがに眠れない。
しばらく、パソコンでネット見ていたけれど、眠くなってきたので、気休めに蚊取り線香を2本炊いて、そのむせるような煙の中で寝てしまった。

再び目が覚めたのは4時ごろ。
またしても、こななが部屋の隅でゴソゴソしていた。
電気をつけてみたら、こなながかまっているのは、やっぱりさっきのムカデだった。
今度は、枕元に用意してあった雑巾でくるんで窓の外に投げ捨てた。
一安心。これで枕を高くして眠れるけれど、もうそんなに寝ている暇はない。

というわけで、ムカデのせいで今日は寝不足。

秋の陣馬山

そろそろクマが出没する季節で、クマ銀座の金剛山付近には行きたくない。
かといって、家の裏山は、はるちゃんが動物を追いかけて戻ってこなくなるので、ここも行けない。
というわけで、今日はいつも人が多いから敬遠している陣馬山に行くことにした。クマより人のほうがましだ。

陣馬山は距離があるから、和田までバスを使うつもりで家を出たのに、時刻表が変わっていて、タッチの差でバスに行かれてしまった。1時間後のバスを待つより、歩いてしまったほうが速いから、最短コースの一の尾根を行くことにした。一の尾根は猫のこななを連れてきて以来だから、3年ぶりだ。

3年前はきれいに整備されていた茶畑が放置されている。
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この場所からよく見える日野原の農業団地でも、牛を飼っていて、農業団地で牧草を作っていた人がだいぶ前に辞め、最近、そこでお茶を作っていた人も、すべてのお茶の木を引っこ抜いて、撤退した。これで、農業団地で農業をするプロは誰もいなくなった。

家を出てから2時間40分くらいで頂上に着いた。
今日は富士見茶屋がやっていた。
もやがかかって、全く見えないけれど、本来ならば、正面の大室山の右に富士山が臨める。だから富士見茶屋。
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おまけに、今日はいつも食べるおでんもなかった。
しかたないから、けんちん汁。
けんちん汁は、かつては明王峠の名物だった。
だから、明王峠の茶屋がやっていたころは、陣馬山の茶屋でけんちん汁を出すことはなかった。
陣馬山の茶屋ではおでんを食べることになっていたから、けんちん汁は明王峠の茶屋で食べて以来、10年ぶりくらいかもしれない。
ここのけんちん汁もおいしい。お母さんもご機嫌だ。
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いつものようにはるちゃんの分はない。
憮然としているはるちゃんでした。
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帰りのバスも時間が合わず、結局、全部歩くことになった。
今回は、10何年かぶりに奈良子尾根を下ることにした。
ここは、一の尾根のように人が多くないけれど、道は整備されたダラダラの下りで、お母さんでも楽に降りられる。

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このあたりもサルをはじめとする動物は多いけれど、クマ目撃情報はない。
なんだかわからない茶色の動物を追いかけて行ったはるちゃんも、ここでは我を忘れて遠くまで行ってしまうことはない。置いて行かれては困るらしい。現金な奴だ。

奈良子尾根を下っている途中で、今年初の熊目撃情報の放送が入った。
場所は佐野川だ。いよいよ出たか。
しばらくはクマが多く出るところへは行けないな。


この4年

ブログを読み返してみると、この4年でお母さんの症状はずいぶん進んだ。
2年前までは、パソコン教室に通えていたわけだし、昨年は法事やクラス会にも一人で時間通りに行けていた。
帰ってきた後、何があったかを忘れているだけで、メモを持たせておけば、その通りに行動することができた。
しかし、ここへきて、新しいこと、特に言葉による説明は少しの間も保持できなくなった。
それでも、日常生活にさほど支障がないのは、場所の記憶などが、まだ保たれているからだ。
家から駅までとか、通院している病院の記憶はしっかりしていて、迷うことはない。
場所の記憶ならば、新しい場所でも覚えられるらしい。
夏のトルコ旅行では、弟がスーパーで買い物をしている間、バス停で待っているように言ったのに、勝手に帰られてしまったと言っていた。
つまり、待っているようにと言われたことは瞬時に忘れてしまったけれど、バス停から弟の家までの道は覚えていたということだ。
先日のクラス会の時も、4時間半もかかってしまったので、私は途中からトイレの失敗を心配した。お母さんは外のトイレを使いたがらない。ぎりぎりまで我慢して、漏らすことが過去にもあった。でも今回は、それはなかった。初めての場所でもちゃんとトイレが使えるのだ。

中核症状の記憶の障害だけで、周辺症状が全くないのもありがたい。妄想、暴言、昼夜逆転、徘徊なんて無縁だ。
私には死にたいとか言うことも多いけれど、病院の看護師さんなんかには、「私、頭が壊れちゃっているから。」みたいに冗談めかして、ユーモアたっぷりで、「お母さんは癒し系ですねえ。お話しするのが楽しいですよ。」って言われている。

一言でアルツハイマーと言っても、その進行は人それぞれのようだ。
言葉や出来事の記憶がこんなにダメになったときは、たいていの人はもっといろいろなことが出来なくなっているらしい。
言われたことをその場で忘れてしまうというのは、アルツハイマーの進行の末期と書かれている本もある。
そして末期には、日常生活の介助が相当に必要となるらしい。
お母さんの場合、着替え、入浴、食事、排泄などにまだ介助を必要としない。
要所、要所で電話を入れれば、通院も出来るし、洗い物や野菜の下ごしらえのような簡単な家事だってまだ頼める。
アルツハイマーの優等生だ。

病院の検査によれば、言葉の記憶なんかは衰えているけれど、計算や場所の見当識はさほど衰えておらず、脳の血流量も比較的保たれているらしい。

やっぱり散歩をたくさんしているせいかもしれない。
ただ、最近は自発的な散歩に任せると全く歩いてくれなくなったので、朝、駅まで私を送りに来てもらい、夕方、迎えに来てもらうようにしている。
お絵かき教室は、「遠慮してください。」と言われて行けなくなり、その代わりに体操を週2回にし、週1回のデイケアも始めた。デイケアは行きたくはないようだが、行ってくれているので、ただぼんやり家にいる日は少ない。

さて、このままどのくらいいけるだろう。

さぼり気味のブログも少し豆に更新して、記録を取っていきたい。
読み返してみると、この記録は結構役に立つ。

たぶん最後のクラス会

昨年から今年にかけて、確かにお母さんの物忘れは進んだけれど、日常生活にそれほど支障が出たわけではなかった。だから、今年も昨年同様、行先の地図と電車の時間のメモを持って、クラス会に行ってもらうことにした。
出かける時間にアラームが鳴るようにお母さんの携帯をセットし、私はアラームがなった10分後くらいに職場から電話を入れた。お母さんはちょうど出かけるところだった。それからさらに15分くらいしてから、GPSで場所を検索したら、駅に向かって歩いていたので、それで安心してしまった。私も手が離せない状態だったこともあって、GPSでお母さんの居場所を確認したのは、それから1時間後だった。
当然電車に乗っているものと思ったのに、お母さんは家の近くにいた。駅まで行って、どこへ行くのかを忘れてしまって、戻ってきてしまったようだ。1時間くらいゆとりを持って計画を立てているので、今戻ってくれれば、少し遅刻くらいで済む。あせって電話したら、、なんで駅まで行ったのかわからないと言う。クラス会だと説明し、まだ間に合うからと説得して、駅に戻ってもらうようにした。駅に戻り始めたので、駅に着くくらいの時間で居所を確かめると、お母さんはさらに家に近いところに戻ってしまっていた。さすがにもう完全な遅刻だ。電話してクラス会に行かなければというと、行きたくないとごねた。昨年までは楽しみしていたクラス会なのに、そういえば今年は楽しみにしている様子がなかったっけ。しかし、当日キャンセルはあまりに迷惑だ。まだ、遅刻とはいえ、食事して、おしゃべりしてくるくらいの時間はある。ごねるお母さんを強く説得して、駅に戻ってもらった。今度は家に戻ることなく駅に行ってくれて、電車に乗ることができた。場所は新宿だから、高尾で乗り換えれば一直線だ。
問題は新宿で降りてから、会場である小田急ハルクに着けるかどうかだ。昨年は人に聞きながらすんなり着けた。だから今年も何とかなるだろうと思ったけれど、間違いだった。この一年で、人に聞いた話をすぐに忘れてしまうようになっていたのだ。聞いた話を瞬時に忘れてしまうため、聞いた通りに行動することができなくなった。まず駅員に聞いて西口を教えてもらったところまではよかった。携帯がつながっていたので、駅員が話している説明が聞こえた。15番ホームに行って、西口に降りる階段を降りなさいと言っていた。構内図を見ると確かにそれが一番速かった。それなのに、それから10分経っても、西口に出られなかった。電話するとすでに西口に行くことすら忘れていた。だから西口にでるまでに30分かかった。そこから小田急ハルクは目と鼻の先だけれど、なかなか行きつけない。電話したら、ハルクではなく小田急百貨店にいた。デパートなら店員さんに聞けば教えてくれるだろうというと、その場で聞いていた。2階に連絡通路があるという。ただお母さんが店員さんに聞くときに携帯を耳から離してしまって、私の声は聞こえていないようだった。しかたなくかけ直すとお母さんはまだ1階にいた。2階に上がるように言って、2階で店員さんに連絡通路を聞いてもらった。その場所からは、連絡通路が見えているようで「あの、今、人が入っていった所が連絡通路です。」という説明が聞こえてきた。今度こそ行きつけると思ったけれど、店員さんに聞くときにまた携帯を耳から離してしまったらしく、応答がない。またかけ直すとお母さんはすでに連絡通路のことを忘れていた。今度は連絡通路が見えないところらしく、また店員さんに聞いてもらったら、1階に降りて道を渡れと教えている。
こんなことを延々とやって、やっと会場に着いた時には、新宿に着いてから1時間以上が経過していた。もうクラス会は終了する時間だが、携帯から「よかった、来られたのね。」という声が聞こえた。普通に行けば、家から1時間40分で行ける会場に、4時間半かかってようやく行き着いた。
さすがに疲れたのだろう。今まで間違えたことのない藤野駅から家への道でも迷った。これは、いつものもっと楽な幻の道を探して道を外れるパターンで、いつもの道に誘導したら、そこからはスムーズだった。
いくら能天気な私でも、来年はさすがに一人では行かせられない。クラス会は平日だから、私が付き添うわけにもいかない。たぶんこれが最後のクラス会だ。

新たな治験

介護保険の認定は、要介護1から要支援1に逆戻りしたけれど、母の状態がよくなっているわけではない。
短期記憶は壊滅で、知識も少しずつひびが入りだし、込み入った話はほぼ通じない。
今回の御嶽山の噴火は、噴火した日時が悪くて被害者がたくさん出たという話を納得させるのに、ややしばらくかかった。
少し前なら、記憶は悪くても、こういう判断力はごく普通で、「噴火した時間が悪かったよねえ。」「そうだねえ。」ですんなり通じたと思う。この会話が成り立つためには、木曽の御岳山が3000mをこす山で、運悪く噴火に遭遇したのはハイカーだということがわかっていなくてはならないが、お母さんには木曽の御岳山がわからなくなっていた。長いことかかって説明し、納得したような顔はしていたけれど、本当に分かったかどうかは怪しいものだ。

ただ日常生活に介護が必要かと言われれば、それはまだない。
通院すら携帯電話で豆に指示を出せば、電車とバスを乗り継いで、まだ一人で行けている。
要介護ではないと言われれば、確かにそうだけれど、だったら、御嶽山の話だってすんなり通じたであろう4年前に、要介護1だったのはどうしてなんだと言いたい。

まだ一人で通院できるのは、本当にありがたい。
一人で行けない状態だったら、新たな治験に参加することはなかっただろう。
治験に参加するとたくさんの検査が行われるので、最低でも1か月に1度は通院しなければならなくなる。これに全部付き添うことなんかできない。お母さんが自立しているからこそ、参加が可能だったのだ。

ついこの間、同僚が読んでいた週刊誌に「アルツハイマー夢の新薬、7年後めど。」みたいな見出しが躍っていたので、貸してもらって読んだら、何のことはない、夢の新薬はお母さんが参加している治験の薬だった。
そうか、これから実際に製品化するまでに7年もかかるのか。
それにまだ治験の状態だから頓挫する可能性だって高いのに、夢の新薬は大げさだ。

お母さんが参加しているのはT817-MAという薬の治験だ。
けっこう期待されているらしい。
効いてくれたらありがたいけどねえ。

ぐるっとお散歩篠原展2014

月日が経つのが本当に早い。
まさに飛ぶよう。
あっという間に、1年に1回のイベントが巡ってくる。

朝から曇天なので天気予報を気にしたが、雨の確率はなんと0%。
こういう曇り空でも絶対降らないって言いきれるところがさすがプロ。
ここまで言い切るのだから、降らないだろうということで、雨具も持たずに出かけた。

いつものように2時間以上かかって山を越えた。

会場のすぐ近くにたぶんパーマカルチャーセンターの人たちがやっているだろうと思われる畑があった。
ここへ越してくる前にパーマカルチャーの畑には何回か来たことがあるが、越してきてからはご無沙汰だ。
一言で言えば、学ぶべきことがないから。
目の前の畑の白菜も出来が悪く、我が家より寒いこの場所で、冬までに巻くとは到底思えない。
巻かない白菜は白菜ではない。
家だって有機無農薬だけど、白菜はちゃんと巻く。
能書きだけが立派で、実践がお粗末すぎる。
なんで経験をつんでもうまくならないのか不思議なくらい、いつまでも下手だ。
本来のパーマカルチャーはこんなものじゃないだろうと思いたい。

会場に着いたら、ちょうどお昼時だった。
まず最初は篠原スカイツリーのあるお店で手作りのモンブラン。
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形はいまいちだけど、庭の栗の木の栗を裏ごしして作ったとかで、材料を贅沢に使っているから、おいしい。
「安いね。」って言ったら、お店の人が、「栗はタダだし。」だって。
タダのものを使う手間を、価格に上乗せしないのがいい。

はるちゃんが食べたがってうるさいから、お母さんとかわりばんこに食べた。
はるちゃんの分はないんだよ。
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毎度おなじみスカイツリー。
経年劣化は否めないけれど、まだしばらくは行けそうだ。
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会場はいろいろな場所に散っている。
どの会場にも軽食がある。
だから、いっぺんに食べると後が食べられなくなってがっかりするから、このランチは1人前を半分こ。
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毎度おなじみの人形展。
今年は例年より気合が入って、外の展示がすごい。
いろんな猫がいてとってもかわいい。
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なかでも、このテーブルに上がろうとしている猫が人気で、みんなが写真に撮っていた。
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家は生きている猫がいるから、ここの猫みたいに高いものはとうてい置けない。
どちらかを選ぶなら、置物の猫なんかより、生きている猫のほうがずっといい。
まろに逃亡されて、こななだけになっちゃったけどね。

こちらは新たに登場のパン屋さんの生きている子猫ちゃん。
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はるちゃんが構うので、嬉しそうによってきた。
はるちゃんがちゃんと遊んでくれるのがうれしかったみたいで、石垣を降りて着いて来ようとしたので、抱き上げて石垣の上に戻し、はるちゃんを先に行かせたら、あきらめて戻っていった。

このパン屋さんは建物がかわいい。
パンは売り切れていて、しかたなくラスクを買ったけれど、おいしかった。
イベントの時だけじゃなくて、土日は営業しているんだって。
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私も定年になったら、こういうかわいいお店で、土日だけの営業をしてみたいものだ。

島かぼちゃに飲まれる畑

今年は3種類のかぼちゃを植えた。
そのうちのひとつが沖縄の島かぼちゃだ。

島かぼちゃ以外のかぼちゃは、すでに収穫を済ませ、蔓も枯れ始めた。
ところが初めて植えた島かぼちゃは、初期成長が遅く、夏の間は蔓もたいして伸びず、花も咲かず、やっぱり沖縄のものをここで育てるのは無理だと思い始めた9月ごろから、がぜん盛大に蔓を伸ばし、花を咲かせ始めた。
収穫がほぼ終わったインゲンやナスの畝を飲み込み、畑全体に広がる勢いだ。
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実もたくさんなっている。
今回初めて収穫した。
ホクホク感は全くなく、少し水っぽいが、こういうものだと思えばそれなりにうまい。
ソテーにしたり、カレーに入れたりしている。
かぼちゃよりズッキーニに近い。
春まで貯蔵できるっていうけど、本当だろうか。

今も花盛りだけれど、このあたりは霜が降りるのが早いから今咲いている花が実になるかどうかは難しいところだ。
霜が降りない沖縄だったら、一株からいったい何個収穫できるのだろう。
以前に万次郎かぼちゃというのを植えたことがあった。
苗は高かったが、やっぱり初期生育が遅くて花が咲き始めるのが遅く、たいして実がならないうちに霜が降りてしまい、がっかりした。島かぼちゃの葉の形はその万次郎かぼちゃにそっくりだが、味のほうは万次郎かぼちゃは甘くてホクホクで、かぼちゃらしいうまさだった。万次郎かぼちゃも暖かい霜が下りない場所なら結構たくさん取れるのかもしれない。

幻の道を見てプチ遭難

はるちゃんが勝手に動物を追いかけて遊んでしまうため、裏山の散歩コースを控えるようになって、対岸の宝峰、日連山、金剛山のコースをよく歩いている。ただ、このコースは熊目撃情報が多い場所だし、今年は山が不作で熊注意を呼びかけられているので、今後はやめたほうが無難かもしれない。

しかし、天気がいい日に登れば、藤野町一望だ。
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はるちゃんも嬉しそうに眼下を見下ろしている。
このコースは、付近の部落の人が、かつてはよくお参りしていて、しっかり整備されていた。
はるちゃんの足もとに見えているのは、20丁目の道標だ。
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ただ、ここ数年でお参りを習慣にしていた部落のお年寄りが姿を消し、道が少しずつ荒れ始めている。
通る人もいないから、蜘蛛の巣だらけだ。
それでもこんなにきれいな蜘蛛の巣は珍しいから、思わずシャッターを切った。
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頂上でお参りを済ませた。
金剛山というのは火の神をまつる山で、藤野にも、この杉金剛山、名倉金剛山、鶴島金剛山と3つの金剛山がある。
このお社のお札をどこで拝領してくるのかは忘れた。今も誰かがお札をもらいに行っているのだろうか。
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いつもなら杉峠に向かうところだけれど、この日は初めてのコースに挑戦することにした。
赤沢に降りるコースだ。
いつも杉峠に降りるのは、この下りが一番傾斜がゆるくて楽だからだし、赤沢コースを降りたことがないのは、家から遠くなることもあるけれど、地図でみてもいかにも傾斜が急に見えるからだ。
それでもいざとなったら、お母さんにはお尻をついてゆっくり降りてきてもらうという手があるから、大丈夫だろうと思って、下山に踏み切った。

途中まではダラダラ尾根だったけれど、中盤を過ぎるあたりから傾斜が急になった。
そうしたら、お母さんが下のほうにもっといい道が見えると言い出した。
下を見てもそれらしい道は見えない。どうやらいつもの癖が始まったらしい。道が険しかったり、疲れてくるとお母さんには幻の道が見えるようだ。過去の遭難の時も、幻の道を見て、道を外れている。
あっちへ行ったほうがいいと言い張るお母さんを、その時は説得して、足元の道を外れずにずんずん降りていくと、どんどん道が太くなった。傾斜は相変わらず急で、ざら場だから怖いけれど、間違えようのない広さの一本道で、県道沿いの民家の屋根も見え始めた。地図によれば、この道は車が飛ばす県道に直接でるようだ。そろそろはるちゃんを繋がないと県道に飛び出されたら危ない。というわけで、後ろのお母さんにゆっくり降りてくるように声をかけて、私ははるちゃんを追いかけ始めた。県道に出る少し手前ではるちゃんを繋ぎ、引っ張って降りようとするはるちゃんを諫めながら県道に降りて、お母さんが降りてくるのを待った。
ところが10分以上待っても降りてこない。お母さんと別れてから私が県道に降りるまで、5分はかかっていない。いくらお尻をついてゆっくり降りても15分以上かかる距離ではない。絶対におかしい。
というわけで、はるちゃんを県道からちょっと入った木の根元に繋いで、私はもと来た道を上がり返した。こういう時のはるちゃんは聞き分けがよく、吠えもしない。曲がり角で振り返ってみたら、おとなしく座ってこっちを見ていた。安心してピッチを上げてあっという間にお母さんと別れたあたりに着いてしまった。お母さんとはすれ違わなかった。お母さんはどこへ行ってしまったのだろう。
あせって携帯に電話したら、お母さんが電話に出た。すでに県道にいるらしい。最近はやったこともすぐに忘れてしまうから、どこをどう降りたかは永遠の謎だ。おそらく直前に見たように、幻の道を見て道をはずれ、道でないところを強引に滑り降りたのだろうが、けがをした様子はない。
よかった。

まろ失踪

結局、まろは戻ってこない。
今日ですでに2週間。
もう戻ってくる可能性は少ない。

保護しているという連絡もない。
去勢してあるから、首輪をしていなくても飼われていた猫だということはわかるはずだ。

長いこと猫を飼っている人に聞くと、雄ネコが発情期に出かけたまま帰ってこないというのは、よくあることらしい。
夢中でメスを追いかけて、帰り道がわからなくなるようだ。
かわいそうなまろ。

動物を飼うなかで、こういう事態も起こりうることは覚悟の上だけど、しばらくは胸が痛い。
まろがいなくなっただけで、家の中が静かなのだ。
この静かさに慣れるのに、もうちょっとかかりそうだ。
プロフィール

うりこ

Author:うりこ
トカイナカ暮らし15年。
ちょっと広めの家庭菜園を耕しています。
休日は母とわんこのはるちゃんと近所の山を徘徊しているか、畑を耕しています。
定年になったら、もう少し規模を広げて菜園というより農園をやりたいですね。ここでもいいけど、できたらもう少し暖かいところで。

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