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唐突ですが、トルコに行ってきます。

唐突ですが、28日から8日間ほど、トルコに行って来ます。

私も母も海外旅行をしたことがありません。
母は遊覧飛行以外の飛行機にも乗ったことすらありません。
ともちゃんと暮らし始めるまでの母は、忙しく働いていたし、
ともちゃんと暮らし始めてからは、1週間も家を空けることは考えられませんでした。
私も出張以外に家を空けたことはありません。
我が家はともちゃんを中心に回っていましたから。

私たちは、わんこのいない生活をすることはできません。
トルコから戻ってきたら、新しい伴侶犬を真剣に探します。
そして、ともちゃんの49日を迎えるころには、新しいわんこと共に暮らし始めると思います。
今回の私たちの呆然とした様子を見て、多頭飼いを勧めてくれる人もいましたが、
複数のわんこを飼う予定はありません。
次のわんことも、ともちゃんと同じようにじっくりした関係を築き、
その子が逝くときは、また呆然とするのが、わんこにとっても、私たちにとっても良いと思われるからです。

ところで、なぜ初めての海外旅行がトルコかって?
実は、トルコに弟がいるからです。
弟は15年くらいトルコで暮らしていて、トルコ語がペラペラです。
ちょうど私たちが行く時期は仕事が空いているということで、ガイドをしてくれることになっています。
1週間くらいだと、イスタンブール周辺だけが良いだろうという弟の勧めにしたがって、
イスタンブールを存分に楽しんでくるつもりです。

外貨やトラベラーズチェックとかを準備しなければならないかと思ったのですが、
弟によれば、トラベラーズチェックは恐ろしいくらいの手数料だから、やめたほうがよく、
銀行で外貨に換えるくらいなら、円でトルコに持ち込んで民間の両替所を使ったほうが安上がりだということでした。
また、どこでもクレジットカードが使えるから、現金を持ち歩く必要はなく、パスポートと航空券だけでOKということで、たいして準備の必要もありません。
ただ、旅行が決まってからあわててオークションで落とした、送料込みで2個3000円のキャリーケースが、まだ到着しないことだけが、心配の種です。27日までに届かなかったら、どうしよう。

そんなこんなでトルコにいってくるので、トルコから帰ってくるまで、更新はしません。
具合が悪くなったわけではありませんから、ご心配なく。
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電車といっしょに走る犬

もし、電車が近くに来ていれば、こんなところにともちゃんを置いておくわけにいきません。
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ともちゃんが電車と競争しようとするからです。
我が家から駅までの道は、途中から線路沿いになります。
朝、ともちゃんは、私の出勤を駅まで見送りに来ました。
線路沿いの道で電車に追い抜かれそうになると、
ともちゃんは電車に向かって吠えながら、スピードを上げて走り出しました。
そして、いつも負けてしまいました。
たぶん、ともちゃんは、自分が負けるのは、後ろでリードを引いているのろまな人間の性だと思っていたでしょう。
ともちゃんが真剣な顔で走り出すと道行く人々、特に通学途中の中学生は、
「あ、電車といっしょに走る犬だ。」と笑いながら、道を開けてくれました。
リードをひいている私や母に対して、
「おばさん、がんばって」という声援が寄せられることもありました。
これは、毎日の行事でした。

ともちゃんが以前、関節を痛めて歩けなくなったとき
この通り沿いの人たちは、「最近送ってこないけど、お母さんはどうかしたかね。」
と尋ねました。
「いえいえ、悪くなったのはともちゃんの足で、母はぴんぴんしています。」
と答えていました。

ともちゃんが逝って、1週間くらいの間、
母は道ですれ違う人に「今日はわんこはどうしたね」と聞かれたといっていました。
だって、母が駅に行くときは、たいてい私がともちゃんと駅まで送りに行っていて、本当にいつもともちゃんといっしょだったので、一人で歩く母は誰にとっても不思議だったのです。
これは、駅前で撮った母とともちゃんの写真です。
78才にしちゃ若いでしょ。
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ともちゃんが逝って10日あまり、さすがに知れ渡ったと見えて、聞く人はいなくなりました。


お餅つきをしなくなって。

ここ2年ほどお餅つきをしなくなりました。
職場を変わったことが、大きいかもしれません。
以前は職場の人たちが、暮れに高尾山から陣馬山まで縦走してきて、我が家でお餅をつくのが恒例になっていました。
ともちゃんも、この年末ハイキングをとっても楽しみにしていました。
職場の人の車で、我が家から高尾山口まで行って、そこから上り始めるのです。

車が来ると「行けるぞ、行くぞ。」と胸が高鳴るようで、
普段は絶対登らない2階へ上がる階段を、うっかり私について上がってきてしまい、
簡単に降りれないことに2階についてから気づき、呆然としたりしていました。

高尾山から陣馬山にいたるメインストリートは、人も多く、ノーリードは気が引け、
かといって、引っ張るのは双方が疲れてしまって、気がひけながらノーリードだったので、
この1年に一度のこの恒例ハイキングのときしか歩きませんでした。

陣馬山はとても良い山ですが、人があまり通らない上り口だって、いくらでもあるのです。
あえてメインストリートを行くことはありません。

ともちゃんはハイキングをたっぷり楽しみ、その後のお餅付き、バーベキューでもみんなの周りをちょろちょろしておすそ分けを貰ったりして、とってもご機嫌でした。

今年は2年ぶりに今の職場の人か、近所の人に声をかけてお餅付きをしてみようかな。
たぶんそのころには、新しい子が迎えられているだろうな。

写真は前に年賀状に使ったものです。
臼にえさをおいてともちゃんの気を引いて撮ったスナップです。
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ともちゃんの水難2

2度目は、夏の台風一過の日で、とてもよく晴れていて、暑い日でした。
ともちゃんはお気に入りの沢に向かいました。
水が増水していて、流れがとても速くなっている事に、私たちが気づかなければいけなかったのです。
ともちゃんは水に前足を突っ込んだ瞬間に、流れにさらわれました。
コロンとそのまま淵に落ち、一度沈んで、また浮かび上がって流されました。
幸い途中に中州があってひっかかり、ともちゃんはやっとの思いで、その中州によじ登りました。
そこまでは、あっという間でした。
大変だったのはその後で、中洲に取り残されたともちゃんを救出しなければなりません。
中洲までの流れは急で、私たちも流されそうでした。
結局、近所の家ではしごを借り、中洲にはしごを掛け渡して、私たちが中州に渡り、
ともちゃんを抱きかかえて岸に戻ってきました。
後で、はしごをお借りした家には、お菓子を持ってご挨拶に行きました。
それで、水を怖がるようになるかと思ったのですが、そんなことはなく、
水が引くとすぐに同じ場所で泳ぎたがり、近所の人に「また溺れないでね」とからかわれました。

3回目は秋、近所に山を切り開いた畑があり、私たちは山の畑と呼んで、よく散歩に行きました。
山の畑に人家はなく、当然散水の設備もありません。それで、畑をやる人たちは渇水に備えて、
古い風呂桶に水をためたり、使われなくなった防火用水の枡に水を貯めたりしていました。
特に防火用水の水には藻が繁殖して、どろどろの濃い緑色になっていました。
ともちゃんはこの防火用水の脇で何か考えているようでした。
そして、思案の後、ここへ飛び込んだのです。
防火用水はけっこう深く、ともちゃんは足が立ちませんでした。
アップアップするともちゃんを、結局、私が首輪をつかんで引っ張りあげました。
ともちゃんは喉が渇いていて、そのどろどろの水を飲もうとしたようです。

そういえばこの山の畑もお気に入りだったのに写真がない。
しかたないので、もう一つのお気に入りの原っぱの写真。
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これら3つの水難事故が、1年の間に立て続けに起こりました。
ともちゃんの水難の年でした。もう5,6年も前の話です。
このときは真剣にお払いに行こうかと思いました。
でも、それからは、こちらも学習したし、ともちゃんも学習したようで、溺れることはありませんでした。

ついでにぜんぜん関係ないけど、お家でおすましするともちゃん。
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ともちゃんの水難

夏がまためぐる前に、ともちゃんが逝ってしまい、達者なともちゃんの泳ぎを
カメラにおさめることができなくなりました。

これは冬の水辺で撮った写真で、さすがのともちゃんも泳がない。
「ちょっと冷たそうねえ」といっているようです。
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我が家の周辺には、こんな湖や沢や、鯉が泳ぐ淵があって、錦鯉と並んで泳ぐともちゃんの写真をいつか撮ろうと思っていて、そのままになってしまいました。とっても残念。

周辺の沢は夏でもけっこう水が冷たいけれど、夏の水遊びはともちゃんのお気に入りでした。
水に入ると、その後、歩いて家に帰る間にどろどろになってしまって、
もう一回洗わなくてはならなくなるので、
私たちは「そんなにいつもは勘弁だよ」と思っていましたが、
沢沿いの道は、夏もけっこう涼しく、暑い日はどうしてもそっちに行ってしまい、
頑として沢に入りたがるともちゃんに負けて、結局、毎日のように水遊びということになるのでした。
沢の水はけっこう冷たいですが、照り返す道を歩いてきた後は、その冷たさがなんともいえないらしく、しばらくは、お風呂につかるように、冷たい水にとっぷりつかり、
「いい水加減よ。あなたもいかが」というふうにこっちを眺めていて、泳ぎだしたりするのはその後でした。

ある年、ともちゃんが1年間に3回も、おぼれかけたことがありました。

一度目は、まだ春の連休ごろの話で、何かの催しで、立派なお庭のオープンガーデンにともちゃんと出かけたときでした。じっと庭の池を眺めていたともちゃんは何を思ったのか、急に池に飛び込んだのです。
唖然とする私たちを尻目に、悠然と水泳を楽しんだともちゃんでした。
たっぷり楽しみ、さて、陸に上がろうと淵の石に前足をかけたのですが、この石が苔むしていて、つるりとすべり、ともちゃんは水の中に逆戻りしました。
このときのあせったともちゃんの顔は、ちょっと見ものでした。
場所を変えて、もう一回上がろうとしましたが、どこも苔むしていて、滑ってしまうのです。
3度目に上がろうとしたところを、私が首輪をつかんで、ひっぱり上げました

2度目と3度目の水難事故は一度に書くと長くなるので、また今度。

どのくらい怒ってる?

前にも、同じような写真をアップしたけれど、
これは怒られたときのともちゃん。
こんな感じの上目遣いをした後
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しょんぼり。
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拾い食いを怒られたときは、上目遣いはしましたが、こんなにしょんぼりすることはありませんでした。
「拾い食いは仕方ないんだよ」と開き直っているようにも見えました。
私たちの怒り方の程度をみて、ともちゃんなりにここまでは許されると踏んでいたのかもしれません。
でも、ともちゃんが自分に許している範囲はとっても狭く、こちらからみても、いじらしいくらいでした。

そこへいくと猫のタロウくんは、私を怒らせて楽しんでいるような所もありました。
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ともちゃんは散歩に行きたくても、遊びたくても、絶対催促はしませんでしたが、
タロウくんは、自分が遊びたいときは、柱に爪をかけて、私のほうを見て鳴きました。
「遊んでくれないと、ここで爪を研いじゃうよ」
「ちょっと待ってすぐ終わるから」なんていうのは通用しません。
私がすぐに席を立たなければ、がりがりとやって逃げ出すので、どの道、私は「こらー」とか言いながら、追いかける羽目になるのです。これはタロウくんお気に入りの鬼ごっこでした。鬼は常に私。

タロウくんは、かくれんぼも好きでした。
この隠れ方がまたけっさくで、カーテンの陰に頭だけ突っ込んで、隠れたつもりになっていることもありました。
文字どおり「頭かくして、尻隠さず」です。このあたりは、「やっぱりおばかさんだね」って感じです。
でも、うまく隠れられて、私が気づかずに前を通り過ぎたときには、いきなり飛び出してきて、私にタッチするのです。私が本当に驚くとタロウくんは「どうだ」と得意げでした。
ただ、事前に隠れているタロウくんに、私が気づいてしまうと、そこでゲームは終了でした。
私がどんなにがんばって気づいたことを隠そうとしても、タロウくんの目をごまかすことはできず、
気づいてしまった私にタッチをすることはありませんでした。
このあたりは「人間より鋭い感じ」でした。

タロウくんはともちゃんより私に怒られても平気でしたが、
それでも、こちらが本気で怒れば、しょげました。
ともちゃんは私を本気で怒らすことを一度もしませんでしたが、
タロウくんは生涯の間に2回ほどやりました。
1回目は、乗ってはいけないテーブルの上に乗って、しかも、私が大事にしていた時計を蹴散らし、
テーブルから落として壊してしまったとき。
2回目は、私が家で仕事をしていて、トイレにいった隙に、私のパソコンのキーボードの上に乗り、
その結果、パソコンがフリーズして、私のその日の仕事がパーになったときです。
どちらのときも、怒られたタロウくんは押入れの隅に隠れ、1日でてきませんでした。

人の子にだって、このあたりがわからない子だっているのに。

以前、障害児に関わる仕事をしていたときですが、こんな子がいました。
彼は電車が好きで、電車を見ていると時間を忘れ、よく門限に遅刻しました。
彼の良くないところは、門限に遅れそうになると、怒られるのが怖くて家に帰れなくなり、
夜中になったり、朝帰りになったり、ひどい時は2、3日帰ってこなくなってしまうことでした。
そのたびに、もっとこっぴどく怒られるのです。
彼はけっこう言葉がわかるので、ある日聞いてみました。
「門限にちょっと遅れたときと、朝になってしまったときでは、怒られ方がちがっただろ。」
そうしたら彼は
「へっ、怒られているのは同じじゃん。同じこと言われるし。」
「まあ、確かに言葉は同じかもしれないけれど、顔つきとか、声の様子とかが違ったでしょ。」
「そうだったけ。気がつかなかったよ。」
「わからなかったのか」と私。ちょっとがっかり。
そうしたら彼が言ったんです。
「いい考えがあるよ。今度怒るときは、手を広げて、このくらい怒っているとかって、手で怒り方を表してくれたら、僕にもわかるよ」
「そうかあ」と私。
結局彼の提案は採用されず、彼は同じことを繰り返していた。
でも得意げに、これくらいと手を広げて見せてくれた時の彼の顔は、20年たっても私の記憶から去らない。

下はご機嫌なともちゃんです。
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ともちゃんの採集生活

 ともちゃんが私たちに怒られることはめったになかった。
ただ、拾い食いだけは、私たちが怒っても、やめられなかった。
私たちが拾い食いに気づいて、「出しなさい」というと素直に口から出したけれど、
私たちが気づく前に飲み込んでしまえば、吐き出せないから、その前にすばやく飲み込んでしまおうとした。

 拾い食いは、駄目だけれど、道端で干からびているミミズだけは、食べてもいいことになっていたので、シーズン中の散歩の目的の一つは、ミミズの干物を食べることだった。
ミミズの干し加減にともちゃんなりのこだわりがあるようで、生っぽいものは受け付けなかった。
ミミズを食べたのに、私たちが怒って「出しなさい」といったときも素直に出し、
「ミミズだよ。何間違えているの。確認した?」みたいな顔で、こちらを見上げました。
「すまなかった。ミミズは滋養にいいからね。ハイお食べください。」と私。

何か見つけたともちゃん。
今の時期にミミズはいないよ。どうせろくな物じゃないでしょ。
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ミミズは、にわとりたちも好きでした。
堆肥を積んであるところにはミミズがごっそりいました。
彼らは干物のミミズより、生きているミミズが好きで、
生きているやつを、蕎麦を食べるような感じで、つるつる飲み込んでいました。
ミミズの踊り食いって感じです。

シーズン中、ともちゃんはミミズ以外も、イナゴ、セミなども捕まえて食べてました。
本当は小鳥やリスなんかもそのつもりで追いかけてたのかもしれないけれど、
これらはともちゃんの手に負えるものではありませんでした。

ともちゃんが小鳥発見
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もちろんともちゃんは人間の食べるものも大好き。
本当は野山の採集食よりそっちのほうがずっと好きだったのかもしれない。
でもこれもなかなか貰えなかった。

真剣さのあまり、目がよっているともちゃんです。
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猫が飼えなかったわけ。

ともちゃんの前にいっしょにいたタロウくんです。
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まだ、デジカメ以前の時代なので、写真がほとんどありません。
探してみたんだけど、目が開いている写真がありませんでした。
それだけよく寝てたということでもありますけど。

この家に引っ越して来て、にわとりまで飼った私たちですから、当然猫は飼うつもりでした。
犬も猫もにわとりもいるにぎやかな家にする予定だったのです。
そして、一番最初にともちゃんが我が家にやってきました。
それから、猫をというつもりだったのですが、とても無理だということがわかりました。

ともちゃんはものすごい焼餅やきだったのです。
おっとりして見えるし、他の子のように、こちらに飛びついてくることもなく、あっさりして見えます。
抱っこはおろか、撫でられることさえ、好きではありませんでした。
それなのに、私が他のわんこを撫でていると、
一大事という感じですっ飛んできて、自分の頭を割り込ませ、撫でてくれと要求しました。
「あたしを差し置いて、どうしてそういうことをするの」って感じ。
「だってあんた、いつもは撫でられても喜ばないじゃん。」と言い返したい感じ。

一度、近所の人から子猫を貰ってくれないかという話があって、
まあ無理だろうと思いつつも、ともちゃんとお見合いさせてみたのですが、
ともちゃんは威嚇するし、子猫はおびえるしで、
近所の人も早々に退散してしまいました。

ともちゃんは、甘えたり、抱きついたりという積極的な愛情表現をしない子でしたが、
こちらが「そんなに気を回さなくていいんだよ」といいたくなるくらい、よく気を回す子で、
私たちの気持ちに答えてくれました。
結局「にぎやかな家より、こういう深い感じのつながりのほうがいい」と考え直したので、
我が家はともちゃんの家になりました。
ともちゃんが逝った今、家は静まりかえった感じがして、空気すら冷たく感じます。

私たちは、新しい子を迎えるでしょうが、多頭飼いは、今度もたぶんしないと思います。
猫を飼う予定もありません。
新しい子とまたじっくりした関係を作っていきたいと考えています。

これは、お家でくつろぐともちゃんです。
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タロウくんのほうは、目の開いた写真がなかったのですが、
ともちゃんのほうは、目をつぶっている写真がありませんでした。
寝ているときの写真を撮っておけばよかった。

しいたけ栽培講習会

ずいぶん前に申し込んであった、しいたけ栽培の講習会へ行ってきました。
ともちゃんのことで、バタバタしていて、うっかり忘れてしまうところでしたが、
事前に主催者の方から電話をもらって、思い出しました。
気晴らしをかねて行く事にしました。

主催者の方が、いつも藤野駅でいっしょの電車に乗るお知り合いで、
駅まで迎えに来てくださったので、車で現地に向かいました。
船久保というところから、綱子川沿いの道をさらに奥へ入ったところで、携帯の電波が届きません。
この間の大雪で、奥牧野から現地へ通じる道にかかる橋が壊れたため、
参加者が時間通りに来られず、気をもみつつも、連絡の取りようもないというような所です。

貸し農園や森林保全活動をしているNPO法人ふじの森のがるでんセンターが主催しています。
しいたけ菌を植え付ける原木の準備など、大変なところは全部主催者がやってくれていて、
参加者である私たちは、原木にドリルで穴を開けて、そこへ菌を植え付けるだけです。

写真は菌の植え付け作業をしている母です。
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参加費用は1人2千円でしいたけの原木が8本(当初予定は6本)貰えます。
おまけに、昼食は焚き火を囲んで、うどんを頂きました。
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おたまなんかなくても、こんな感じで盛り付けて
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お代わりして食べました。

原木は、こんなふうに積み上げてられて、3ヶ月くらい菌を育ててから、私たちに配布されます。
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そのときまた、来なくてはなりませんが、
参加していた家族連れは、その前にもう一度、川遊びに来ようかといっていました。
夏には蛍も飛ぶ素敵な場所なんです。

こんな素敵な企画なのに、参加者が少ないのは、宣伝が行き届いていないからですね。
知っていれば、来たい人は藤野町の中にもたくさんいると思われるのに。

ともちゃんの重み

これはともちゃんのお食事前の体重測定風景。
抱いているのは母です。
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体重はいつも朝食の前に測っていました。
写真を撮ったときは、居間に体重計を移しましたが、
体重計はいつも洗面脱衣室ありました。

ともちゃんは体重測定をするとごはんだということを知っていましたから、
私たちが朝ごはんをテーブルの上に置くと
自分からすすんでいそいそと脱衣室に向かい、
体重計の前に、私たちが抱きやすいような体勢で回り込んで、待っていました。
この朝の儀式は、とってもほほえましいものでした。

ともちゃんの葬儀以来、私は腕の筋肉痛を感じています。
我が家には車がありません。
葬儀場兼火葬場は、我が家から徒歩で10分くらいの距離ですが、
ともちゃんの葬儀の日は、大雪のあとで、
ともちゃんの亡骸を運ぶのに、カートが使えませんでした。
仕方ないので、私が抱いて行きました。
その結果、腕の痛みが残ったわけです。

ともちゃんは抱っこが嫌いでしたから、
散歩のときに抱っこをせがんだりすることはありませんでしたが、
一度だけ、もっとすごい筋肉痛になるくらい、私に抱っこさせたことがありました。

あれは、我が家から明王峠、影信山、城山を経て高尾山に縦走したときでした。
高尾山に着いたとき、私とともちゃんは元気なものでしたが、さすがに母は疲れ果てていました。
そこで、母だけ高尾山からロープウェイで下山することにしました。
私たちは、高尾山のロープウェイがワンコ連れでも乗れることを知らなかったのです。

母をロープウェイ乗り場で見送って、
「さて、ともちゃん、こっちも降りようね」とリードを引いたのですが、
ともちゃんは、「こいつ馬鹿じゃん、お母さんを置いて降りられるわけないでしょう」
みたいな顔をして、てこでも動かないのです。
どうしても、歩いてくれないので、私が抱いて降りました。
抱かれるのに抵抗されたら、どうしようもありませんでしたが、それはありませんでした。
でも、腕が痛くなって地面に降ろすと、ロープウェイ乗り場に逆戻りしようとするので、
おさまえていなければなりませんでした。
結局、すべての道のりを、私が抱いて下山しました。
道行く人々は私に「ワンコが疲れて歩かなくなっちゃったの?」と聞いたりしました。
私が事情を説明すると「忠犬だねえ。」と感心していました。
下のロープウェイ乗り場で待っていた母が、この話を聞いて感激したのは言うまでもありません。
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ごはんだ。ごはんだ。ごはんだ。

写真は、ペットフードを棚から出した気配に気づいて、
期待に胸を高鳴らせるともちゃんです。
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「ごはんだ。ごはんだ。たいへんだ。たいへんだ。」
てな感じで、高らかに吠え、そのあたりをくるくる回ったりしていますが、
やがて、こんな顔で自分のごはんの入れ物を凝視しながら、ごはんを待ちます。
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獣医さんからも、この犬種は体重管理が大事といわれていたので、
がっちり食事制限されていて、思いっきり食べさせてもらったことはなかったと思います。
こんなふうに自分で体重を量ることはなかったけれど、
1日1回、必ず体重を量っていました。
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他所の子の話を聞くと、もっとくれと催促する子もいるという話ですが、
ともちゃんは、ごはんに限らず、散歩もトイレも、私たちに催促したことはなく、
はしゃぎだすのは、こちらが動き始めてからでした。

トイレも夜中であろうと「外へ出せ」と催促する子がいるということですが、
ともちゃんはどんなに困っても催促しませんでした。

うんちは最初は、トイレでやってくれたのですが、
片付けるときに、私たちが迷惑そうな顔をしたらしく、
私たちの気持ちを慮って、家の中でしなくなってしまいました。
毎日決まった時間に散歩に行っているので、それでもなんとかなりましたが、
1年に1回くらい、夜中にどうしてもしたくなってしまうときがありました。
そういう時、ともちゃんはどうするかというと、
家の中で、私たちに気づかれないだろうと思われる場所を真剣に探すのです。
例えば、普段は入ってはいけないと言われている部屋のすみっことか。
すごい匂いですから、ともちゃんの深慮遠謀にも関わらず、すぐにばれてしまうのですが。

これは私たちの失敗でした。
わんこは言葉ではなく私たちの気持ちを読んでいるわけで、うんちをトイレでしたときは
褒めてやり、いやな顔をしないで片付けなければいけなかったわけです。

そして誰もいなくなった。

ともちゃんが我が家に来てから、
年賀状の写真は、いつもともちゃんでした。
これは、一番のお気に入り。
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データーのほうは、パソコンの更新の時に紛失してしまったので、
印刷して保存してあった葉書をスキャンしようとしましたが、
うまくいかず、結局、葉書を写真に撮りました。
だからちょっと影が写っています。

にわとりは、松 竹 梅という名前で、手前の一番大きいのが松です。
我が家に来た当初は、こいつが一番元気で、えばっていたので松。
隣が竹で、向こう側が梅です。

私は彼らの卵を食べて、卵の本当の味を知ることができました。
売っている卵には、独特の生臭い匂いがあって、私はその匂いが嫌いでした。
でも、彼らの卵には、余分な匂いなんかありませんでした。
本当においしい卵でした。

にわとりが来たとき、ともちゃんは喜んでにわとりを追い掛け回しました。
そして、私にこっぴどく怒られました。
そうしたら、ともちゃんは、にわとりに手を出さなくなったのです。
何もしないともちゃんに対して、にわとりはどんどん頭に乗って、
ともちゃんをつつこうとするようになりました。
それでも、ともちゃんはにわとりに反撃しようとはしませんでした。

つつかれそうになると逃げ、また近寄って、また逃げを繰り返していました。
近寄らなければいいって?
それはできません。
ともちゃんはにわとりのえさを横合いから掠め取ろうと必死なのです。
にわとりは松竹梅の順で、順位を形成してましたが、
ともちゃんは梅のさらに下、最下位に甘んずることになりました。

ともちゃんはいつも穏やかな子で、他の犬に噛み付かれたことはあっても、噛み付いたことはありません。
相手の犬が、鼻にしわを寄せて、威嚇しているのに、おっとり構えているような犬でした。
さすがに噛まれたときは、怒った顔をしましたが、
私が、ともちゃんの怒った顔を見たのはそのときだけです。

一番最初に逝ったのは松でした。
当初は一番大きく、一番最初に卵を産み始めた松が、一番最初に弱っていきました。
順位は逆転し、最後は梅が一番えばっていました。
当初の順位の順に卵を産まなくなり、松竹梅の順番に、この世を去っていきました。

そして、今回、順位最下位だったともちゃんも逝き、
結局、この家に来て増えた家族は、すべていなくなってしまいました。





イベントパーク

ありし日の雪の日のともちゃんです。
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ここは今は藤野マレットゴルフ場になっていますが、
昔はイベントパークと呼ばれていて、イベントがあるときしか使われないただの野原でした。
雪がつもった日はいつもここへ連れて行き、ともちゃんが雪の上を走りまわるのを見ていました。
なんせ足が短いので、雪に埋もれてしまう足を引き抜くために背筋を使うらしく、
走っているというより、ぱっこんぱっこん飛び跳ねているように見えました。
これは相当疲れるだろうな。
だから疲れて家に帰って、今度はコタツで丸くなっていました。
「ともちゃんは猫の分も一人でやっちゃうんだねえ」と笑っていました。

雪の降らない日のイベントパークは夕方になると近所の犬が集まってきて、みんなで遊びました。
あのころは大きな犬が多かったですね。
ともちゃんは小さいほうで、大きな子たちにたくさん遊んでもらいました。
ぽんすけ、アーチャ、ももちゃん。もうみんな天国にいます。

なかでもお気に入りはももちゃんで、親友というより、お姉さんという感じだったかもしれません。
そういえば一度だけ、ともちゃんが家出をしたことがありました。
畑の木にリードを絡ませておいて、ちょっと畑仕事をしているうちにリードが解けたらしく、
気がついたときにはいませんでした。

あわてて探しましたが、近くにはいませんでした。
さて、ともちゃんが行きそうな所はどこだろう。もしかしたらももちゃんの家?
心配で、ももちゃんの家まで走っていってみると、
ももちゃんの家のガレージで、楽しそうに歓談しているふたりを発見しました。
安心すると同時に、ちょっぴり怒りも湧いてきて、思わず「ともちゃん」とどなったら、
ふたりとも同時にこちらを向いて、それから顔を見合わせました。
「ねえ、あんた。怒ってるみたいよ。まずくない。」
「そうだねえ」
と言っているように見えました。

ももちゃんは、とてもやさしいワンコでしたが、
7才を越えるころから、妙に太り始めました。
そのころから、ともちゃんがももちゃんと距離をとり始め、
「どうしちゃったんだろうこの子達」と思っていた矢先、事件が起こりました。
ももちゃんが、別のワンコを噛んだのです。
それからしばらくして、ももちゃんは亡くなりました。
今から考えると、ももちゃんは病気で気持ちが変わって、以前のももちゃんではなくなっていたのだと思います。

その後、ももちゃんの家はちびももちゃんを迎え入れました。
以前のようなお付き合いが、今度はともちゃんをお姉さんとして復活するのかと思っていました。
ちびももちゃんは、俄然その気で、ともちゃんに愛嬌を振りまいたのですが、
ともちゃんがとってもすげないのです。

結局ともちゃんは、どのワンコのお姉さんになることもありませんでした。
小さかったころ、大きい子達にあんなに遊んでもらったくせに、
自分が遊んであげる歳になったら、知らん顔なんです。
結局、昔なじみの大きな子達が逝ってしまった後、
ともちゃんが他のワンコに関心を示すことはなくなりました。

そのころイベントパークは整備されてマレットゴルフ場になり、
自然発生的なドックランは解消されてしまいました。

ともちゃんのお通夜、そして葬儀。

昨日はともちゃんのお通夜でした。

ともちゃんは、我が家の近くにある桃の木の林が好きでした。
別に花が好きだったわけではないと思いますが。
このあたりでは、桃はまだまだ咲きません。
桃が咲くのを待たずに逝ったともちゃんのために、お花は桃にしました。

本当なら、この家がとても好きだったともちゃんのために、
2日は我が家に置いて置きたいと思ったのですが、
供養もしてくれる火葬場の都合で一日になってしまいました。

ともちゃんは本当にこの家が好きでした。
ともちゃんが大嫌いだったものに、雷があります。
お散歩をしていても、私などまだ気配も感じないうちから、そわそわして家に戻りたがりました。
そういえば、こんなこともありました。
ゴロゴロいう音もしてこないから、こちらは悠然と構えて、近所の人と立ち話なんかしていて、
ふと見ると足元にいたはずのともちゃんがいません。
ともちゃんは、そうっと私の足元を離れ、こちらを振り向きつつ、我が家に向かって走り始めるところでした。
こちらを振り向いたときのともちゃんの顔には
「なんて馬鹿なの。あんたなんかに付き合ってられないわ。勝手に雷に打たれちゃいなさい。あたしはごめんだわ。」
って書いてあるように見えました。
そして飼い主を置いて、一目散に家に向かって走っていってしまいました。
「犬は人につくはずなのに、こいつは猫か」

今日はそこでお経を上げてもらって、お骨にしてもらいました。
ともちゃんはこんなに小さくなって、我が家の仏壇に収まりました。
DSC00203_convert_20100310180946.jpg

ここには、ともちゃんの前に家にいたタロウくんという猫もいます。
ともちゃんは、さびしくないと思います。
犬猫霊園なんかに葬るつもりはありません。
ともちゃんは、ずっと我が家の仏壇でいっしょに暮らします。
なんせ、ともちゃんはこの家がとても好きだったのですから。

ともちゃんの旅立ち

昨日の午前10時ころ、私は母からの電話でともちゃんの死を知りました。

看取った母によると
ともちゃんは、9時40分ころ、
和室から這い出して、台所でうんちをしました。
7日の夜中は、玄関まで行く元気がありましたが、
今回は、和室から這い出すのがやっとだったようです。
うんちとおしっこをして、和室に戻ってすぐに息をしなくなったそうです。

前回のうんちのとき、私は、ともちゃんがうんちをするのに渾身の力を振り絞ったのをみました。
うんちの後、ともちゃんの呼吸は切迫し、私に何度も「もう駄目か」と思わせました。
そして、あの時はかろうじて乗り切ったのです。
でも、今回はもっと心臓が弱っていて、息んでうんちすることに耐え切れなかったのです。

前回のうんちで、私はうんちが危ないことを知っていました。
うんちをすることは、ともちゃんにとって命がけの仕事になっていました。
食べさせれば、やがてうんちは出る。
でも食べなければ、弱っていくだけです。
私は、次のうんちまでに少し回復して、うんちが乗り切れることを願っていました。
食べている量が少ないので、もう少し次のうんちまで間があるだろうとも思っていました。
願いはむなしく、結局、うんちはともちゃんの命を奪いました。
それが瞬時で、ともちゃんがほとんど苦しまなかったことだけが救いです。


最後の温熱療法 

今朝6時にともちゃんに温熱療法をしました。
気持ちよさそうだったので、写真を撮りました。

温熱療法を教えてくれた人は、ともちゃんに温熱療法を施す前に私にやってみてくれました。
温熱療法は、リラックス効果があるようで、私は施術の間、心地よい眠気を覚えました。

ともちゃんも温熱療法を施すと息が楽になるようで、よく寝てくれました。
背中から始まって、こんなふうにお腹のほうまで、暖めていくのです。
DSC00192_convert_20100310024731.jpg

途中から、ともちゃんの力が抜けていくのがわかります。
DSC00193_convert_20100310024812.jpg


手当てというのは、悪いところに手を当てるという意味らしいですね。
手を当てるだけで、痛みは薄らぐようです。
丹念にともちゃんの身体に温熱器と手を当てていると、
ともちゃんに私の気持ちも通じるように思われました。
ともちゃんは、お返しに私に温熱療法を施こすことはできませんが、
これが、人間どうしなら、お互いに温熱療法を施しあえば、気持ちを深めることもできるのではないかと思いました。
「ご夫婦や親子で施しあったら、より高い効果が得られるかしら」なんて考えながら、
ともちゃんに温熱療法を施していました。

この写真の温熱療法を終えて、3時間後に、ともちゃんは旅立っていきました。
この写真がともちゃんの最後の写真になってしまいました。
ともちゃんに私の気持ちは伝わっていたでしょうか。

ともちゃんの介護日記 9日

5時、 水のみに起きてはこなかったので、また水をあげる。  1シリンジ
    よく飲んでくれたので、ご飯もあげることにした。
    流動食  2シリンジ
      流動食をシリンジにつめるコツも判ってきた。
      少しずつ、トントンしながら入れると空気が入らない。
      ピストンを差し込むとき、先からこぼれるのは満タンまで入れてしまっても
      そうでなくても同じだから、満タンまで入れる。
      
    ともちゃんもシリンジで食べることに慣れてきたようで、上手に食べてくれる。
    いっぱい、ほめる。

6時から6時半 1回目の温熱療法
    糖鎖栄養素 
    水 1シリンジ


静かな夜

昨晩が大変だったので、夜が来るのが怖かったけれど、
静かな夜だった。

寒くて冷たい台所の床に寝ようとするので、
ちょっとほっておいて見たけれど、心配だったので、
和室の布団の上ではなく、畳の上に抱いてきたら、
それからは、動かずに、じっとしていた。
夜が更けて寒くなってから、タオルケットをかけてあげた。

呼吸はそれほど粗くない。
でも、よくなっているわけではないと思う。
呼吸にも力がなくなってきているし、水を飲みに起きたりもしない。
脱水が心配だったので、
3時ころ、水1シリンジをあげた。
寝ているときもあったけれど、目をパッチリ開けているときの方が多かった。
やせたので、もともと大きな目がさらに大きく見える。
かわいいよ。ともちゃん。

夜、気づかないうちにおしっこをしていた。
トイレまでは行かれなかった。それより、和室に近い水のみ場付近で。
量が少ない。
水を上げる回数を増やさないと。

ともちゃんの介護日記  8日

5時 水を飲みに起きて、そのままコタツのほうへ移動
5時20分
     糖鎖栄養素
     流動食  2シリンジ
     リンゴジュース 1シリンジ
6時から6時半  1回目温熱
     水 2シリンジ

私は出勤
母によると
ずっと寝ている。水を飲みに起きてくることもない。
11時半 
    流動食  2シリンジ
その後 おしっこ 自分でトイレまで行く。
12時から20分くらい  2回目温熱
    水 2シリンジ

4時半 私が帰宅
    ともちゃんが玄関まで迎えてくれる。
    でも、このときちょっとお漏らし。
5時半 流動食  1シリンジ
    ヨーグルト  1シリンジ
7時から7時半 3回目温熱
    糖鎖栄養素
    水 1シリンジ
9時  水を飲みに起きる。
    流動食 1シリンジ
    ヨーグルト  半シリンジ 
       1シリンジあげようと思ったが、嫌がったのでやめた。


  

ともちゃんと川の字   7日夜

10時半ころから、ともちゃんの様態が悪くなりました。
息が非常に荒く、隅っこの冷たく寒いところへ行って、うずくまりました。

なので、10時半から11時に4回目の温熱療法をやりました。
でも、確かに始める前より呼吸が楽になった感じだけど、呼吸は荒いまんま。

心配なので、ともちゃんを挟んで、川の字で寝ました。
呼吸は荒いままというより、さらに悪くなるようです。
12時ころ、水を飲みに起きたようです。

2時、ともちゃんがまた起き上がり、よろけながら、必死な感じで玄関の方へ行きました。
多分、ウンチだ。
玄関の段差から落ちそうになっているともちゃんを抱き抱えて、
台所でともちゃんを下ろし、新聞紙を敷こうとしましたが、間に合いませんでした。
ともちゃんは、横になったままの状態で、ウンチとおしっこをしました。
色はいつもと違うけれど、しっかりしたよいウンチでした。

ともちゃんはウンチをすることに渾身の力を振り絞ったようで、
それからは、さっきにもまして、呼吸が荒くなり、心臓のバクバクいう音も聞こえるようで、
もう駄目かと思いました。
ともちゃんをなでながら、ともちゃんはいい子で、かわいいと言い続けました。
恐ろしい状態は2時間くらい続いたようです。

4時ころ、ともちゃんはまた、水を飲みに起きて、隅っこに行こうとしたので、
布団に戻しました。
さっきよりは、落ち着いた感じです。

5時、だいぶ呼吸が楽になりました。

もう駄目かと何回も思いましたが、 何とか乗り切ったようです。
趣味人のkさんの「命はそんなにもろくない」という言葉をしみじみかみ締めました。
ありがとう。ともちゃん。頑張ってくれて。
 

ともちゃんの介護日記  7日 

午前 6時 ともちゃん、水を飲むために起きる。
      糖鎖栄養素1カプセルを水に溶かして与える。
          少しこぼしてしまった。
      流動食を1シリンジ分とプリンを少し。
   7時40分から8時10分まで温熱療法
      その後、水を2シリンジ分。 
   12時までともちゃんは睡眠。
      途中、水を2シリンジ分

午後 12時 ともちゃんが水を飲むために起きる。
      流動食を2シリンジ分
      りんごジュースを1シリンジ分
      少し寝る。
   1時40分から2時10分 2回目の温熱療法
      その後、水を2シリンジ分
      また寝る。
温熱をやると力が抜けたような感じになって、本当によく寝る。
        久しぶりに仰向けに寝るともちゃんを見た。
   4時40分 ともちゃん起きる。
      水 1シリンジ分
      流動食 2シリンジ分
   5時から5時30分  3回目の温熱療法
   5時10分 おしっこ 自分でちゃんと行く。
      その後 水2シリンジ分 
      さすがに3回目は寝られないようです。
      目は開いているけど、苦しそうではありません。
   6時40分  水を飲みに起きる
      その後少し寝た様子
   8時30分
      糖鎖栄養素
      流動食 2シリンジ分

 少し 温熱をつめてやりすぎた気がする。
 5時にやった分を8時半ころにすればよかったかしれない。
 食事も少し無理強いしすぎたかもしれない。8時半の時は1シリンジでよかったかも。
 
 明日は仕事があるので、時間をやりくりしないと。 
   
   


ネットを介したいろいろなご縁

 このブログをはじめたきっかけは、SNSの趣味人倶楽部でした。
それに飛び込んだのは本当に偶然でしたが、そこに日記を書き始めたことで、ブログに興味を持ち、このブログを書き始めました。趣味人倶楽部のお知り合いが「見たよ」と感想を入れてくれなければ、すぐにやめていたかもしれませんが、1人でも見てくれる人がいることが励みになって、ここまで続けることができました。

 私の生活の中心にともちゃんがいたために、ブログには、ともちゃんがよく登場することになりましたが、まさかブログを始めてたった3ヶ月後に、ともちゃんがこんなことになるなんて思ってもいませんでした。もしこのブログを始めていなければ、私はともちゃんとの日常を写真に撮ってはいませんでした。このブログのおかげで、ともちゃんとの楽しい生活を写真つきで記録に残すことができました。ブログの書き始めに私を励ましてくれた趣味人倶楽部の方に対して、感謝の気持ちでいっぱいです。

 さらに、余命1週間を宣告されて、取り乱した私を、またもや趣味人倶楽部が受け止めてくれました。趣味人倶楽部のコミュニティの中に老犬の介護に関係するものがあったのです。今は、そこでお知り合いになった方たちからアドバイスと支援を受けています。
 現代医療に完全に見捨てられたともちゃんを、私はどうしてよいかわかりませんでした。獣医さんが余命のすごし方について、教えてくれなかったからです。固形物が食べられなくなったら、どうしたらよいかも教えてくれませんでした。趣味人倶楽部の人たちのアドバイスを受けて、昨日、私は獣医さんからシリンジと流動食を分けてもらいました。ともちゃんは流動食はちゃんと食べます。今日は、昨日より、よく食べてくれるようになりました。

 今まで私の家族は、ともちゃんはもちろん、78才になる母ですら健康体で医者いらずだったので、代替医療どころか、現代医療にも無縁でした。そして代替医療なんてどうせ効かないだろうと半分馬鹿にしていました。でも、今、大事な家族であるともちゃんが、現代医療に見捨てられる事態になって、代替医療に走る人の気持ちが本当によくわかるようになりました。もう何もやれることがありませんと言われたとき、ただ死ぬのを待っていることなんかできません。たとえ効果に疑問があっても、何かせずにはいられない。人間ってそういうものなんですね。

 今、私は趣味人の人々のアドバイスを受けて、ともちゃんに糖鎖栄養素と温熱療法を試みています。糖鎖栄養素については知らなかったので、これから本を買って勉強するつもりです。温熱療法は、朝と昼にやりました。ともちゃんは温熱療法を終えて、いま寝ています。

 たぶんこれからは、しばらくともちゃんの介護日記が続きます。趣味人の人々からも、やったことを記録しておくように言われているので。

勝瀬橋を一人で渡る

ともちゃんが固形物を受け付けなくなったので、
少しでも食べてもらおうと、獣医さんに流動食をもらいに行きました。
獣医さんは我が家の対岸で、勝瀬橋を渡ります。
つい数年前に完成した新しい勝瀬橋。(この写真は以前に撮っておいたもの、今日は雨です。)
DSCN0878_convert_20100306132601.jpg

今取り壊し中の古い勝瀬橋。(この写真も以前に撮っておいたもの)
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そのどちらも、私は一人で渡ったことはありませんでした。
いつもいつも、ともちゃんが一緒でした。
橋から見える相模湖も嵐山も、いつもともちゃんと一緒に見ていたわけです。
私がこの町で一人で歩いたことがあるのは、我が家から駅に向かう道くらいかもしれません。

ちょっと遠いスーパーに買い物に行くときも、対岸に酒饅頭やこんにゃくを買いにいくときも、てくてくにコーヒーを飲みにいくときも、いつもともちゃんが一緒でした。
あの山もこの山も、ともちゃんと登りました。
この近所の人たちは、この辺りの山なんかに登りません。
私も、ともちゃんがいなかったら登らなかったと思います。

改めて獣医さんの説明を聞いてきました。
「何らかの理由で肺の細胞が繊維化している」そうです。
そして、その何らかの理由は大学病院でもわからなかったようです。
早くに大学病院を紹介しなかった獣医さんの言い訳ではないと思います。
実際、大学病院で処方されたのは、獣医さんで前に処方されて、効かなかった抗生物質と抗炎症剤だったわけですから。
だからこそ、大学の獣医さんも無理に薬を飲ませなくてもよいといったのです。
なんで、肺の細胞が死んでいっているのかが、わからなければ、手の打ちようもありません。
早く大学病院に行っていても、救いようはなかった。

獣医さんでシリンジと缶詰をもらってきました。
食べてくれるかどうか判らないのでちょっとだけ。
獣医さんでも、無理強いせずに食べたがるものを食べさせてください。
と言われたので、スーパーでまた、プリンを買いました。
さっそく家でプリンを食べさせました。
ちょっとだけ食べてくれました。

真夜中のプリン

獣医さんからも見放されたともちゃんですが、
がんばって生きています。
おしっこも、ともちゃんのトイレまでがんばって行ってしています。
固形物は受け付けなくなりましたが、
お水は自力で飲んでいます。

今私の足元で苦しそうにしています。
こんなともちゃんの写真は絶対に撮れません。
このともちゃんの様子は写真になんか撮らなくても、
いやでも未来永劫、私の記憶の中に残るでしょうから。

いつもは母の布団で寝ていますが、
昨晩は私もそばで添い寝しました。
夜中に何回か水を飲みに起きたともちゃんに、
ちょっとでも食べてもらおうとしましたが、
大好きなプリンもカラメルの部分は舐めてくれますが、
それ以外のところは舐められるように砕いても
食べてはくれませんでした。

残された時間がどれだけあるわかりませんが、
ともちゃんに「私たちがどれだけともちゃんが好きで、どれだけともちゃんに感謝しているか」を精一杯伝えたいと思っています。

いい子過ぎたともちゃん

慢性の肺炎だったそうです。

せきもくしゃみも、熱もなく、食欲が落ちて、最初に近所の獣医さんに連れて行ったときは、ヘルニアを疑われたくらいです。
呼吸が少し荒くなって、先月20日に精密検査を受けたときに、すぐ大学病院に行っていれば、助けてあげられたかもしれないのに。
過ぎたことを悔やんでも仕方ないけれど。

「肺炎というのはこんなにわからないものなんですか」
という問いに対して、大学病院の獣医さんは、飼い主に心配をかけまいとして、元気に振舞ってしまう犬もいるといっていました。
そういう子だとわかりにくくなってしまうのだと。

ともちゃんは本当にいい子でした。
いつもいつも私たちの気持ちを先読みしてしまうような子だったんです。
そのともちゃんを助けてあげられないなんて。



ともちゃんの入院

ともちゃんは、昨晩から、近所の動物病院に入院しています。
呼吸を助けるために、酸素室に入れたほうが良いだろうということなので。

今日、大学病院へ連れて行きます。
もうちょっと早く大学病院に連れて行くことにすればよかったと後悔しています。
原因がわからないわけだから、いろいろ検査をしてから治療に入るわけで、
それまで、ともちゃんの体力が持つのか、とても心配です。

我が家は車がないので、こういうときはタクシーに頼るしかありません。
藤野の我が家から、動物病院経由で麻布大学がある淵野辺まで、約1時間半の大旅行です。
昨晩のうちにタクシー会社に電話して、今朝、8時に来てもらうことになっています。

私は仕事の手が空かないので、母がともちゃんを連れて行きます。
早くよくなってくれるといいのですが。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ともちゃんは多臓器不全で手遅れだそうです。
こんなことってあるでしょうか。
信じられません。

ともちゃん、まだそんな年でもないのに。
私たちの飼い方が悪かったのでしょうか。
お散歩をさせ過ぎたからでしょうか。
どうすればよかったのでしょうか。


春の香り 梅

ロウバイが終わってしばらくするとまた、どこかからよい香りが。
梅です。これは前の地主が植えていたもので、2本ほどあります。
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自宅の梅ノ木に成った梅の実の種を植えた実生のものだそうで、
当たり前だけど、同じような実は成らない。
確かに実は成るけれど、種ばっかり大きくて、実が少なく、加工する気もおきない。
でも、春の花の香りは楽しめるので、そのままにしてあります。
別に肥料もあげていないけれど、花は咲くし。
というわけで我が家には加工できるような実がなる梅ノ木がありません。
梅干は食べるから、梅も作って、自分で漬けようかと何度か考えたけれど
結局、そのまま。

梅より少し遅れて咲く花としてサンシュウがあります。
DSC00180_convert_20100228072903.jpg
これは実もおいしいというふれこみでした。
フルーツとして改良された品種だそうで。
サンシュウではなく、コーネリアンチェリーという、いかにもおいしそうな名前がついていました。
それで、何本か買って植えてみたのですが、
確かに実は成るけれど、渋くて食べられない。
採ってからしばらく置くと渋みがとれて甘くなるということだったけれど
確かに渋みは少なくなるけれど、それほどおいしいものとも思えず、
結局、花を楽しむだけ。香りもない。
まあ、丈夫で手がかからず、他の花に先駆けて咲くから、悪くはないけれど、
高い買い物でした。

これは、国華園で買いました。
国華園のカタログは誇大な宣伝が多く、ついひっかかってしまったというものも結構あります。
それなのに、なんだか憎めない会社で、また買ってしまうんです。
珍しいものがあるし、お買い得品もあるから「まあいいか」って感じ。
http://www.kokkaen.co.jp/

ふきのとう

暖かくなってきたので、そろそろかなと思って
蕗が植えてあるところに行ってみたら、出ていました。ほら。
DSC00179_convert_20100228072717.jpg
他にもたくさん。
まあ、そんな一度に食べれるものでもないから、4つほど摘んできました。

蕗とみょうがを同じ場所に植えてあるけれど、蕗はほったらかしでは、それほど増えない。
だから、秋口に株分けして植え広げ、肥料もあげて雑草を抜き、大事にする。

みょうがはすごい勢いで増え、ほっておくとみょうがだらけになるので、適当に間引く。
それでも、我が家にはみょうがの藪が何箇所もある。
植えた記憶がないところにまで生えている。
以前は、みょうがの甘酢づけなんかも作っていたけれど、最近は作っていない。
みょうがの採れる夏は、野菜が豊富すぎて、保存食まで食べきれないのだ。
おいしいものだから、たくさん作って、余ったものはおすそ分けすれば、
みんなに喜ばれるかもしれないけれど。

さて、摘んできたふきのとう、今日はコンニャクと味噌煮にしてみました。
見た目はさえないけれど、食べると春の香りが口いっぱいに広がります。
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春一番の花 クリスマスローズと福寿草

このクリスマスローズは、こぼれ種の芽生えを鉢あげして育てたものを移植した。
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このとき10本近く鉢あげしたけれど、育ったのは2本だけ。
育苗が難しく、時間もかかるけれど、ある程度の大きさに育ってしまえば
これほど丈夫な植物も少ない。
一度植えれば、こぼれ種で勝手に更新して、増えることはあっても、絶えることはなく、
季節には必ず花が咲く。
だから、今年はクリスマスローズの小苗をおぎわら植物園で買ってあちこちに植えようと思っている。
おぎわら植物園はホスタなんかの種類も豊富で、お値段も良心的。
http://www.ogis.co.jp/

こちらは福寿草、花は盛りを過ぎて、葉っぱが目立ってきた。
これは、以前知り合いに貰ったもの。
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これも丈夫で季節には必ず咲く。
植えっぱなしにしておくと絶えるって聞いたけれど、
そんなこともなく、年々株が大きくなる。
しかし、ここいらで株分けをしてやらないとね。
ただ、株分けは夏から秋の葉っぱのないときに行うので、つい忘れられてしまうのです。
今年は今のうちに印の棒でもたてて、忘れないようにしないと。

知り合いに貰った花は、咲くと必ずその人を思い出します。
こういう丈夫なものをあげて、季節になると思い出してもらうのもいいかも知れない。
私もクリスマスローズのこぼれ種の育苗に挑戦して、誰かにあげようかな。


ナスとピーマンの種まき

いままで、ナスやピーマンは苗を買っていた。
今年は、種まき、育苗に挑戦することにした。
きっかけはいつも買っていた苗屋さんが配送をしてくれなくなったこと。
たかが知れているから、自分で運んでくることだってできるけれど、
どうせなら、やってみようということになった。

ナスも、ピーマンも4月中ごろに蒔いて、苗を作ったことはある。
ただ、これだとなり始めるのは、8月になる。
ちょっと遅い。

でも今、蒔くとすると家の中でも、保温設備が必要なのだ。
それで買ったのが爬虫類飼育用のヒーター。
サーモスタットつきで、完全防水のヒーターの中ではこれが一番安かった。
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種はこれ
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自然農法開発研究センターというところから取り寄せます。
http://www.janis.or.jp/users/infrc/seedservice/index.html

私はここのかぼちゃやトマト、キュウリの種がお気に入りで、
毎年ここで買っています。トマトだけは一度買ったら、
後はこぼれ種で生えるようになったので、買っていませんが。
だから、それらの種をたのむついでにナスとピーマンも注文しました。
自生えピーマンなんていかにも丈夫そうじゃないですか。

トロ箱にヒーターをいれ、その上に種まきトレイをのせて暖めるわけです。
こんな具合。
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熱を逃がさないために、さらに新聞紙で覆って、後は待つだけ。
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ヒーターを使うと渇きが早いかもしれないから、水やりだけ気をつけないと。
早く芽がでないかなあ。
プロフィール

うりこ

Author:うりこ
トカイナカ暮らし15年。
ちょっと広めの家庭菜園を耕しています。
休日は母とわんこのはるちゃんと近所の山を徘徊しているか、畑を耕しています。
定年になったら、もう少し規模を広げて菜園というより農園をやりたいですね。ここでもいいけど、できたらもう少し暖かいところで。

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