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また1歩階段を下りた。

食欲は回復したものの、母はまた1歩衰えた感じだ。

記憶はともかく、見当識は比較的保たれてきたけれど、ここへきてそれも怪しくなりはじめた。
洋服の着方や布団のかけ方も、寒暖に合わせて調節できなくなったし、トイレの失敗も増えてきた。
最後の砦だった土曜日の体操も送り出すのが大変になって、止めてしまった。

せっかく迎えに来てくれたデイの人にガンガンと文句をつけて、断ってしまうことも多くなった。
デイがあるときは昼ご飯を用意しないから困るはずだが、実際に困ってみないとわからないらしく、昼に心配で電話した私に、「腹が減ってフラフラだ」と文句をつけてくる。「デイで食べるはずだったからないんだよ」っていうと「そう言ってくれれば、デイに行ったのに。」と言うが、デイの人は「昼ごはんがないからお腹が空いてしまいますよ。」と言っているはずなのだ。

朝の散歩から帰ってきて、デイのお迎えが来るまでの間、布団に入って寝てしまうようで、デイのお迎えの人がそれを起こして、寝起きで不機嫌全開の母に遭遇することになる。困ったことだ。



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初詣すら行けない

食欲は復活したものの、その間に休んでしまったせいか散歩の習慣は消え、食べたものを片付けることもしなくなった。
ただ食べて寝てるだけ。

ここへ来てから欠かさず行っていた初詣も今年は行けなかった。

少しは復活するんだろうか。
それとも、坂を転げるようにダメになってしまうのかなあ。

お母さんの食欲復活

28日(月)に診療所に行った。
食べていないから足元もフラフラして、やっと歩いているという感じだった。
でも、診療所の先生は、水は飲めてますかと聞いて、飲めているというと、
「じゃあ、大丈夫だ。ここまで歩いてきたんだし、すぐにどうこうということはないでしょう。胃の調子が悪いみたいだから、薬を出すので、それを飲んで様子をみて、新年開けたら、行きつけの医療センターの先生に診てもらって下さい。」ということだった。
それで、診察の予約を入れようと医療センターに電話したら、予約の受付も終了していて、年が明けたら電話してくださいと言われた。
でも、その日の食欲は、一番悪かった日曜日よりは少しマシになった。
デイでの昼食も6割は食べたということだった。

そして、火曜日はデイでの昼食8割、水曜日、木曜日は完食に戻った。
家での食欲も日ごとに増し、今日なんかは以前に戻った感じで、食後の果物もおいしそうに食べ、散歩の後のおやつも、私の5倍は食べるいつもの調子が復活した。
私は甘いものが好きではなく、おやつは一口でたくさんで、お母さんが食べてくれないと、家のおやつは減らない。
お母さんが大好きなアンドーナツや羊羹は私が食べられないものの筆頭で、お母さんの食欲不振が続いていたとき、始末に困った私が職場に持って行って、誰かにあげてしまおうとカバンに入れたら、ちょっと目を離したすきに、はるちゃんに食べられてしまった。

「ヨーグルトは冷たいからいらない。」「焼き芋は熱いからいらない。」と言われたときはどうしようかと思ったけれど、この調子で復調すれば、新年開けに病院に行く必要はなさそうだ。あわてて診療予約を入れなくてよかった。


お母さんの食欲

ここのところで、お母さんの体調が急速に悪化している。
ここ2週間ほどで食欲が急速に衰え、以前はいくらでも食べてしまうから、隠しておかねばならなかった甘いものすら食べたがらない。
大好きなお芋の煮たのや焼き芋すら残すようになった。
元気はあったので、しばらくすれば治るかと思って、様子を見たけれど、ひどくなる一方だ。それでも一昨日までは、小食なお年寄りはこれくらいで足りるのかもというくらいは食べてくれたが、ついに昨日はスープと果物、焼き芋少し、豆腐の煮もの少しだけになった。それでも散歩は行っていたが、今日は豆腐の煮ものをほんの少しと、ヨーグルト少し、甘酒1杯と焼き芋ひとかけしか食べず、一日寝ている。
吐くとか下痢するとかはなく、ただ食欲がないようだ。
多少の腹痛はあるらしいけど、それほど痛いわけでもないらしい。

困った。今までは食べ過ぎて困るくらいだったのに。
あいにくと、今まで健康になんの問題もなかったためにかかりつけの医者がいない。
しいて言えば、ついこの間終了した治験の担当の先生だけど、専門が違うかなあ。
それでも6年も見てもらっているし、相談するとすれば、そこしかない。
明日、電話して、できたら年内に一度見てもらおう。

治験の終了

 1年の治験が終わった。
以前は声かけだけで行けていた通院がこの1年で難しくなり、最後の2回の通院は最初から私が付き添った。
ただ治験の心理テストの結果なんかはこの一年でほとんど変化がなかった。
確かに電話で指示してなじみのない所へ行ってもらうことは、すでに去年から難しくなりつつあった。
電話の指示を、電話を切った瞬間に忘れてしまうようになったからだ。
だからすんなり行けることは最初からほぼなかった。
そして何回かのトラブルの末に、私があきらめて付き添うようになったということだ。

この一年、いろいろなことをあきらめた。
老人クラブや水曜日の体操は、電話で誘導しても行かせることが難しくなり、ウィークデイはすべて、デイケアに行ってもらうことになった。以前は嫌がったデイケアを嫌がらなくなり、以前は行きたがっていた老人クラブや体操に行きたがらなくなった。老人クラブはついていけなくなったようだ。

私同様、本人も悪あがきをあきらめたような感じだ。
だから、自分で行くのは土曜日の体操だけだ。
今日は夏の間休んで、しばらくぶりの体操なので、心配したけれど、時間で送り出したら、すんなり行けた。

記憶以外の見当識はそれほど衰えていない。
自分が認知症であることもよくわかっている。

ただここのところで山道はきつくなった。
特に下りはひどく怖がるようになり、山道散歩のコースは本当に限られてきた。
無理なく行けるのは、杉峠から鉢岡山の途中まで、奈良元林道から矢の音まで、あとは山の畑と青田のコースくらいだ。
だから、今日も私とはるちゃんは岩戸山まで行ったけれど、お母さんは山道には入らずに一人で帰ってもらった。
これからは私とはるちゃんだけが山に行くことが多くなるだろう。
プロフィール

うりこ

Author:うりこ
トカイナカ暮らし15年。
ちょっと広めの家庭菜園を耕しています。
休日は母とわんこのはるちゃんと近所の山を徘徊しているか、畑を耕しています。
定年になったら、もう少し規模を広げて菜園というより農園をやりたいですね。ここでもいいけど、できたらもう少し暖かいところで。

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