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トルコ日記もこれでおしまい。

いや、いっている間も楽しかったが、こうやって記憶を呼び覚ましつつ記録をつけている間も楽しかった。

イスタンブールは素晴らしい町でした。
ホテルの人にも、「1週間じゃあねえ。回りきれないよ。」といわれたけれど、本当に回りきれませんでした。
まだまだ食べたいものも、見たいものもたくさんあったのに。

ツアーの行程を見ると1週間でトルコ全部を回ってしまうようなものが多いけれど、
移動の時間ばかり多くなって、つまらないんじゃあないかなあ。
イスタンブールは見所が凝縮されているから、そこを歩き回るだけでも3週間くらいは楽しめそうな感じがしました。
マルマラ海に浮ぶ馬車が走る小島もいけなかったし、コンスタンチノーブル陥落の舞台になった城壁も見られなかった。
心残りはいっぱい。

まあ、トルコ語ペラペラの弟がガイドしてくれたせいもあるけど、
遺跡の中に街があるような感じだから、街をぶらついているだけでも発見はいっぱい。
ちょっと古い、ちょっとすごいくらいのものはうち捨てられています。

例えば、イスティクラール通りにあるこの店。
1850年創業の喫茶店。
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内装にとっても力を入れて、フランスから壁画を輸入したりして、高級喫茶としてスタートしました。
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代替わりをへて、1970年に営業を停止してから、しばらく買い手がつかず、今はチェーン店のカフェになっています。素晴らしい壁画を眺めながら、安くお茶できるから、ありがたいけど。

こんな感じのものがゴロゴロ転がっているのが、イスタンブールという街なんです。
それでも弟は、イタリアあたりの街に比べれば、見所が少ないかもと言っていました。
そういう目で見ると、東京がつまらない街なのかもしれません。
歴史も浅い街だし、木造建築は保護しにくいから仕方がないのでしょうが。

最後にもう一つ、弟がぼやいてました。
日本人って、何で格安のツアーで来て、100万円もする絨毯を買っちゃうんだろう。
絨毯はすべて観光客向けだから、ものすごいマージンで、原価を聞いたら馬鹿みたいだよ。
ツアーの代金がいくら安くても、結局別のところで取られているんだよ。
ツアーの代金が安いとガイド料とかが削られて、ガイドは絨毯屋に連れて行って、絨毯を買ってもらわないとお金にならないから、結局、お土産屋と絨毯屋だけ回ることになるし。
どうして数万円のガイド料をケチって、何十万も損するほうを選んじゃうんだろう。

トルコはこんなに素敵な国なのに、もったいないよ。

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アヤソフィア

これがアヤソフィア。
私の写真なんかよりずっといい写真が、ネット上にたくさんあるけど。
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ここはモスクではなく、博物館になっているので、入館料を取られます。
ちょっと前までは15リラだったということですが、20リラ(1300円)に値上げされていました。
高いからといって、ここまで来て世界遺産のアヤソフィアを見ないわけにもいかないし。

さて、中に入って見上げてみると、確かにドームが、スルタン・アフメット・ジャーミィより、一回り大きい。
1000年前に建築されたアヤソフィアに追いつけなかったスルタン・アフメットは悔しかっただろうなあ。
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ビザンチン帝国が崩壊しオスマントルコの時代になっても、ギリシャ人はイスタンブールにいたし、ギリシャ正教を信じることも許可されていましたが、アヤソフィアからは追われました。
すばらしい壁画は漆喰で覆い隠されて、長いことモスクとして使われてきました。
モスクはメッカの方向を向いて、祭壇が作られます。
そうしないとどっちを向いてお祈りしていいかわからないから。
それで、ここにも祭壇が作られました。
アヤソフィアの正面は、祭壇の上の青いステンドグラスですが、祭壇はそこから微妙にずれています。
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2階にも石畳のスロープで上がれます。
ビザンチン帝国時代の皇帝はここを馬で上がったということですが、
それにしては天井が低すぎます。皇帝が乗っていたのはポニーだったのかなあ。それともロバ?
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何でもゆっくりしたトルコらしく、モスクから博物館になってずいぶんになるのに、まだ改修のための足場が組んであります。
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素晴らしい壁画なんかは、私の写真ではなく、もっと素晴らしい写真をネット上からご覧ください。
http://www.pu3.fiberbit.net/topkapi/turkey/isb-aya.htm

なんか人だかりがしていると思ったら、壁の穴に人が群がっていました。
この穴に親指を入れて、親指をいれたまま、手を穴の回りに回転させられたら、願いがかなうといわれています。
観光客がさかんに挑戦していました。
その人波が途切れたところでパチリ。
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事の起こりは、ビザンチン帝国最盛期、どんな薬も効かなかったユスティアヌス帝の頭痛が、この柱に頭を押し付けたら治ったという所から始まります。これが広まって、信者たちがこの柱に頭を押し付けるようになり、長い間に柱がへこんでしまったので、保護の為に銅板がつけられました。それなのに、信者たちはこの銅板を貫通させて柱に届く穴を開けてしまいました。そのうち柱の穴に指を入れると軽く湿る事がわかり、何時のころからか「子宝が授かる」いわれるようになりました。子宝伝説が最終的に幸せをもたらす穴に変わったということです。
ほんとかなあ。 

ミニバスと地下鉄

今回の旅行では、移動はほとんどタクシーを使ったので、ミニバスは1回しか乗っていない。
まあ、話の種にという感じ。
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半端な時間だったので、それほど混んではいない。
お金は運転手に払って、降りる場所で合図すれば止めてくれます。
私たちが降りたのは、日本領事館近くのファッションビルの前で、
合図するまでもなく、たくさんの人が降りました。

弟は通勤にこのミニバスをよく使うそうです。
弟の家は、ミニバスの始点から停留所でいうと2つ目くらいにあたり、
家から一番近い停留所で待っていても、朝は満員で絶対に乗れないので、始点まで戻って乗るそうですが、
「そういうことを、トルコ人はしないなあ。」と笑っていました。
遅刻したら、バスに乗れなかったからとい言い訳すればすむのかも。
日本では、そういう言い訳がとおるのは、学生さんまでで、
学生さんだって、それが毎日となれば、そんな言い訳がとおるとは思えない。
やっぱり、時間の観念が違うんでしょうねえ。

このミニバスの路線には、新しい地下鉄が走っているので、帰りは地下鉄。
新しいのですべてがきれい。
これは駅構内の案内板。
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歩く歩道もありました。
写真はブレブレだけど。
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イスタンブールには観光客のための2階建てバスもあるけれど、これは乗る時間がありませんでした。
陽気がいいときは、屋根を取っ払ってオープンカーになるらしい。
まだ、ちょっと寒いので、オープンで走っているバスは見かけなかったけれど。
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これは、2連結バス。
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専用の路線を走る4連結くらいのバスも見かけたけれど、写真も取れませんでした。





アルメリア正教会のイースターミサ

イスティクラール通りの裏には、教会もありますといいましたが、
これはカソリック教会。ここは外から見ただけ。
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近くにアルメニア正教会もあります。
この教会は本当に夜の歓楽街のど真ん中にあります。
酔客の間を抜けると教会があったという感じです。
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ここは中を見せてもらっただけでなく、イースターミサにも参加しました。
これはミサの数日前、お掃除をしているときに写した写真です。
さすがにミサのときには、写真は撮れませんでした。
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ミサというのは、来る人は拒みません。
さすがに前のほうははばかられるので、後ろのベンチに座っていました。

大司教は最初は黒いずきんのような服装で登場しました。
そして、気が付いたら、輝くような衣装に変っていました。
たぶん、それが復活を表していて、ミサは物語の構成をとっているようでした。

賛美歌などはなく、司祭たちの途切れることのない祈りの声が続きます。
お祈りは壇上で行われるのではなく、信者たちの周りを回りながら、信者たちに祝福を与えながら行われます。
さすがに、司祭たちに近づいて祝福してもらう勇気はありませんでした。

祈りの声は見事にハモっていて美しく、大司教は見た目はよれよれという感じでしたが、
声は見事ではりがあり、あの人のどこからこんな声が出るんだろうという感じでした。
司祭の中に一人、明らかにダウン症の若い司祭がいたのが印象的でした。

お祈りの節回しはどこかイスラムの朝の礼拝を告げる声に似通っていて、
結局双方が影響を受け合っているのはないかと思いました。

私はカソリックのミサに出たことがないので、違いがわかりませんが、
ずいぶん違うものなんだろうと思いました。

さてイースターミサから一夜明けたら、町中にヨーロッパ人の観光客があふれていました。
イスタンブールというのは、ヨーロッパの人たちにとってお手軽な異国なんですね。
下はお菓子屋の店先のイースターの卵です。
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イスティクラール通りのデモ行進

イスティクラール通りでパレードに出くわしました。
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後ろから来る横断幕を見ると、「もっと本を読みましょう」だって。
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確かにねえ。イスタンブールには本当に本屋が少ない。
最近の日本では、電車の中で携帯をいじる人が増えて、本を読む人が減ったけれど、
トルコの人たちは電車の中で、携帯もいじっていなかったが、本も読んでいなかった。
新聞、雑誌の類を読んでいる人すらいない。
そういえば、訪れた家にも本棚がなかった。子供はゲームをしていたけれど。
これはやばい。
日本では、本を読まなくなってゲームをするようになったと心配しているのに、
トルコでは、本を読まないうちにいきなりゲームですか。

トルコでも、それはやばいと思われているようで、イスティクラール通りには、市営の本屋さんまであります。
人はあんまり入っていない。笛を吹いても誰も踊ってくれないという感じ。
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でもこのパレードなんだか変。
後ろはほとんどデモ行進って感じ。
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掲げているプラカードも、「もっと本を読みましょう。」ではない。
プラカードの内容は、「図書館職員の待遇改善」になっていました。
なんだ、本当に言いたいのはそれですか。
これは単なるデモ行進ですね。
音楽隊や周囲の人たちに配っていた豪華なパンフレットを作る費用はどこから出たの。
「既得権を守りたいだけさ。」と弟も言っていましたが、
やり方も言い分も狡い感じで、なんだかねえ。

こんなデモなら、同じときに見かけたこちらの抗議行動のほうが納得できます。
こちらはクルド人の虐殺に対する抗議行動でした。
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プロフィール

うりこ

Author:うりこ
トカイナカ暮らし15年。
ちょっと広めの家庭菜園を耕しています。
休日は母とわんこのはるちゃんと近所の山を徘徊しているか、畑を耕しています。
定年になったら、もう少し規模を広げて菜園というより農園をやりたいですね。ここでもいいけど、できたらもう少し暖かいところで。

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